北越雪譜とカディスのスーパーハッチ
江戸時代の北越雪譜という紀行文学。
越後の山間部の暮らしを、鈴木牧之さんという人が、旅をしたり、地元に伝わる話などをまとめた力作です。北越雪譜のほかに、秋山記行という越後と信州の隔絶された山間部の紀行文が有名です。
北越雪譜の中に、渋海川という川で、ヒゲナガのスーパーハッチが見られる話があります。図では、大勢の人が、桜の花見でもするように、河原に集まり、宴会などをしています。
現代語訳 北越雪譜 鈴木牧之
監修 高橋 実
訳 荒木 常能
北越雪譜初編巻の下 越後湯沢 鈴木牧之 編選
江戸 京山人百樹冊定
渋海川のサカベットウ
越後では、蝶を「ベットウ」という。渋海川の流域では、「サカベットウ」という。いろいろな虫が羽化して蝶になるが、大きいものを蝶といい、小さいものを蛾という(『本草綱目』)。その種類は大変多い。草や花が蝶に化すことは『本草綱目』に書いてある。蝶のやまとことばを「カワヒラコ」というのは『新撰字鏡』にあるが、サカベットウという呼び名については考証していない。
さて、前に述べた渋海川の春の彼岸のころ、数百万の白い蝶が水面から二、三尺上、高さ一丈くらいになり、両岸までいっぱいで羽が触れ合うほどの大群となって、川下から川上へ飛んでいく。そのありさまを花吹雪と見るのはまだ言い足りない。数里の流れに霞がかかったように、朝から夕方まですべて川上に続いて果てもなく、川の水も見えないほどである。この蝶が、日が暮れようとするとき水面に落ちて流れ下る。その情景は、まるで白い布を流しているようである。
この蝶は灯火に飛んでくる蛾くらいの大きさで、白い。越後には、大小の河川が何本も流れているが、この渋海川だけ毎年この情景が見られるのは珍しいことであった。しかし、天明の洪水から後は、これがなくなってしまった。
『本草綱目』を参考にして考えたが、「石蚕(せきさん)」、またの名を「沙虱(すなしらみ)」というものが、谷川の石について繭をつくり、春夏に羽化して小さい蛾となり、水上を飛ぶという。このサカベットウは、渋海川の石蚕であろう。その卵が洪水で流れてしまったために、絶えてしまったのである。ほかの地にも石蚕が生まれる川があれば、この蝶がいるだろうが、私にはわからない。
私はこの蝶を見たことがないので、若いころ渋海川のほとりから嫁いできた老婦人に尋ね、その老婦人の話のままに記した。
『本草綱目』 「本草」とは、薬用になる動鉱植物の称で、明の李時珍が約千九百種の本草について解説をつけた書。一五九六年刊。
『新撰字鏡』 昌住の著した漢和字書。平安時代の寛平のころできる。その虫部に、「蝶、加波比良古」とある。
石蚕 トビケラ。蛾に近似するが鱗毛が多い。幼虫は水中にいて水草や砂で巣を作る。成虫は水辺にすみ夜行性。
渋海川 東頸城郡松之山町三方岳を源に、中魚沼郡、刈羽郡、三島郡を流れ、長岡市域で信濃川に注ぐ。全長七〇.六キロの一級河川。長岡市はもと古志郡。
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