北越雪譜 雪中の虫
鈴木牧之の北越雪譜には、冬の雪景色の渓流で羽化する黒い小さなカワゲラやユスリカについても書かれています。フライ用語なら、小さなストーンフライやミッジです。
江戸時代は虫というものを、現代人の昆虫というよりも、もっと広く定義していたようです。見えないが何かが、病気、腐蝕、劣化の原因になっていることまでは理解していたようで、その原因を目に見えないレベルの極小の虫によるものと考えたようです。現代人だって、なにかの病気になった原因が、ウイルス、病原菌、細胞の変異など、明確な答えは科学や医療の進歩とともに変わるので、専門家でなければ、「虫」でも良いのかもしれません。
それにしても鈴木牧之さんの中国の書物やオランダの学説など、博学さと探究心がすごいです。
現代語訳 北越雪譜 監修 高橋 実
訳 荒木 常能 野島出版
北越雪譜 越後湯沢 鈴木牧之 編選
江戸 京山人百樹 冊定
北越雪譜初編巻の上
雪中の虫
唐土の蜀の峨眉山には夏も雪が積もっていて、その雪の中に雪蛆(せつじょ)という虫がいるということが『山海経』(唐土の書物)に書いてある。この話は本当である。越後の雪中にも雪蛆がいる。この虫は、早春のころに雪中に生まれ、雪が消えると虫もいなくなる。生死を雪とともにするのである。辞書を見て考えるに、「蛆」は”腐中の蝿”とあるので、いわゆるウジである。「䖧(たつ)」は字は似ているがサソリの類をいい、人を刺すとすれば蜂の類であろう。したがって、雪中の虫は「蛆」と書くべきである。だとすれば、雪蛆は雪中の蛆蝿である。木火土金水の諸元素からは、すべて虫が生じる。木の虫、土の虫、水の虫はいつも見ているので珍しくはない。蝿は灰から生じるが、もともと灰は火の燃えたあとの粉である。だから、蝿は火の虫である。蝿を殺してその形があれば、灰の中におくと生き返る。また、虱(しらみ)は人の熱から生じる。熱は火である。火から生じた虫だから、蝿も虱も温かいところを好む。金属の中の虫は、肉眼では見えない埃のような虫だから、人間には知られていない。銅や鉄が腐ってくる最初に虫が生まれるので、その所の色が変わるのである。生じた錆をよく拭いておくと、虫を殺すので腐らなくなる。錆びるのは腐ってくるはじめである。錆の中には必ず虫がいる。肉眼で見えないから人は知らないだけである。(これは、オランダ人の説である)。金属の中でさえ虫がいるのに、雪中に虫がいない訳はない。しかし、いつもいるとは限らないから、珍しいこと、不思議なこととして唐土の書物にも記してある。私の住む越後の雪蛆は、蚊のように小さい。この虫は二種類で、一つは羽があって飛び、一つは羽があるが、これを使わず這い歩く。どちらも足は六本で、色は蝿のように淡いが、一つは黒い。住むところは蚊と同じく町中や野である。しかし、人を刺すことはない。虫メガネで見たところを図にしておくので、学者の感想を聞きたい。
峨眉山 中国四川省にある山で、標高三〇九九メートル。四川省は三国時代の蜀の地。
雪蛆 峨眉山に住む雪蚕のこと。長さ十五センチほどで、甘美な味がするという。
『山海経』 各地の山や海の動植物、怪異などを記した、中国古代の書物。
越後の雪蛆 一種はユスリカと考えられる。幼虫時代は渓流ですごし、サナギは流れの中で羽化し、雪上で交尾して水面で産卵する。もう一種は、フタトゲクロカワゲラのようなもので、ユスリカと似たような成長を遂げる。(插絵解説図参照)
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